努力が努力と感じない事

灼熱の真夏ランニング。気温35度でも走る変人は私だけでないと思いますが、最近では「命に関わる」みたいな表現もニュースで聞いたりしますね。

 

家を出た瞬間から、車の危険はあるし、未知のウイルスがウヨウヨしている世の中で、安全策を取りたいのなら家から出ないで除菌しているのがいいけど、そーもいかないのが現実でしょ。

 

気温35度の高湿度の日本の夏に走ってみると、あまりの高湿度で息苦しくて走れたもんじゃない事は、炎天下ランニングしてみて知る事なのですが、実は慣れますw。慣れって恐ろしいもので、よく言えば体が順応してくるんです。

 

「型」に依存しないでね

仕事がうまくいった。上機嫌で気分も良い。よし、次の仕事もこの調子で!

 

調子に乗っている時は何をしてもスムーズで、何でもできる気になる時もある。皆が経験している、どうやっても上手くいかないモードに突入してしまうと、ある一定期間どーやっても何かしっくりこなくて、迷ったり悩んだりして、逆にみたいな事を考えてしまう。逆になんて普段は考えもしないのにねw

 

一度成功の「型」みたいなものができた時には実はとっても厄介で、いつまで経ってもその「型」に依存してしまって、なかなか抜け出せない。

 

プロなら「何か一つ」負けない型を持つべきだとは思う。しかし、その型にいつまでもぶらさっがていては、年だけとっていつも変わらない型に依存し続ける事で、いつしか保身の為の型になってしまいがち。

 

誰にも負けない型がもしできたら、すぐさま後輩に伝授して、次のアイディアに移行するべきが先輩のあるべき姿な気がする。

 

この型さえ継続していけば、でかい失敗もしなくなってくる。新しい事を始めようとすれば、学びも必要だし経験も必要で、そう簡単に積み上がってくれる事はない。もしすぐできてしまう程度の事であれば、それは型にならなくて、他の誰でもできる事なのかも。

 

努力が報われないときだってある

大好きなスポーツや楽しい事に対しては、必要な努力が努力として感じづらい気がします。興味というか楽しいことっていうか、自分にとって関心深い事になると、努力なんて言葉すら浮かんでこないんですよね。

 

ダイエットはあれだけ決心して始めたのに、いつの間にか、いつやらなくなったかも分からない内にやってない。

 

これは何なんでしょうね?いつの間にか忘れちゃうやつ。

腹のくくり方次第って事なのかな?

 

努力は、必要な努力を、必要な方法で、正しい努力の結果として現れるケースもあれば、努力が報われない時だってある。私の場合、あれだけ走り込んでトレーニングして挑んだ100キロマラソンを、わずか25キロでリタイヤした経験もある。努力が報われなかった瞬間だった。1000キロ以上走り込んだのにだ。

 

必要とされたり褒められると嬉しいよね

本質的には、必要とされたり褒められたり喜んでもらえたりすると、嬉しいでしょ。承認欲求が満たされるみたいな。

 

仕事も遊びも慣れてきて、誰かに「すげぇーな」なんて言ってもらえた日には、やっぱり嬉しいもので、毎回違う人に言ってもらえると、何度も言ってもらえると、褒められた事を何度も何度も同じ事ばかりをやる様になってしまう。

 

この満足度が成長の妨げになったり、足かせになっていたりする事はその時には気が付かないものなんですよね。この慣れを卒業できる時って、慣れた事が「通用しなくなった時」なのかもしれない。

 

それは「壁」じゃないんだけどね。

 

次の「すげぇーな」を言ってもらえるように「次のすげぇー」事しましょ。。。

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