あうんの呼吸

  • 2020年10月12日
  • Think

あうんの呼吸ってあるじゃないですかー。

「あれさー」でなんとなく伝わる様な、仕事で「あれどした?」と聞けば「あ、やっときました」みたいな。

 

これをYESマンと呼ぶのとは少し違う感じもしていて、たくさんの事を同時に進めたい様なときに、こんな相棒がいたら心強いですよね。言う前に事が進んでいたり、言わなくても分かっていてくれるような関係性。

 

この、あうんの呼吸の合う人と巡り合う確率って案外低くないですか?

 

反応

車のアクセルをグッと踏めば一気に加速する気分の良さ。それとは逆に、アクセルを積んでも、一瞬もたついて気持ちとは別に後から加速するような出遅れ感。これはこれでストレスを感じる。ブレーキをギュッと踏む時と、やんわりブレーキを踏む感覚。ハンドルを切れば、「遊び」みたいな部分もあって、低速なら左右にちょこちょこハンドルを動かしても、ある程度まっすぐ進むものの、高速でそんな事をしよーものなら、車はグラグラと左右に蛇行する。

 

低速には遊びがあって、高速に遊びは禁物。それは何かと似ている気がする。

 

会社の運営そのものが低速でずっと継続するのは遊びもあって悪くはないけど、成長も低速ですこしダラダラしちゃうのかも。時にはアクセルを踏みたい時だってある。高速域ばかりに気をとられると、風景も見ずにただただ突っ走るのもいいんだけど、ジャンクションを間違えたときには、ものすごい遠回りをする事だってある。

 

その強弱の踏み込み。

 

自分はどうだったか?

どちらかといえば、低速ダラダラ運転ばかりしてきてしまったような。その結果、高速回転域に移行しようにも腰が重くなったり、足が重くなったりしている気がする。

 

あうんの呼吸すらなんだかダラダラと。もっと瞬発力があったはずで、なんか最近、自分の歩いてきた足跡に疑問すら感じる。

 

倦怠感

このあうんの呼吸が合う時もあれば、ガキの頃の恋愛で、ちょっとへそ曲げてしゃべらない時があったり、倦怠感みたいな空気が冷める期間があったりしながら、なんとなく続いたり乗り越えられなくて終わったりした。

 

他人同士で仕事をしたり、他人同士で暮らしたり、他人同士がご飯を食べたりするのに、違うって事をときに受け止められないタイミングがある。それもそのはず他人様なんですからね。

 

その他人領域を通り越してオラオラと事を進めて「実力主義だ」みたいな風潮はもはや流行ってもいないのに。

 

時に孤独感を感じたり、自ら孤独感を選んだりして、勝手に寂しい気持ちになったりして。

 

思っていた事

思っていた事、考えていた事が、すんなり言葉にできてその言葉の真意が伝わる時に感じない違和感。この感じない違和感が、少しづつズレていっている事にも気が付かない事がある。

 

だから必要なパートナーは、あうんの呼吸が合わない人ほど重要なんでしょうね。

 

自分と全く異なる人、自分の考えにそぐわない人。そんな人がいればいるほど、低速と高速の強弱を試せる。

 

思い直す事も重要。

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