オリンピックを観て人は人に感動するという再確認ができた

オリンピックは所々でも観ましたか?どんな選手やどんなシーンに感動しましたか?野球の金メダルですか?サーフィンの銀メダルですか?クライミングの銅メダルでしょうか?

 

感動したシーンがあり過ぎて何が1番かは選べませんが、高跳び選手のW金メダルのシーンは特に感動的でした。観ていましたか?

 

正直言えばオリンピックを開催するかしないかという頃は、私はあまり開催に賛成ではありませんでしたが、開催すればそりゃ観ますよ。観る時間があれば観ていましたよ。そして全力で応援していました。

 

スポーツはどちらかといえば、観るよりやる方が好きですが、もちろんオリンピックに出れる程の実力はありませんから、テレビ画面の前で応援していました。50歳にもなると涙腺がゆるむのか、感動のあまりうるうるしちゃうときもありました。

 

ダイバーシティ

肌の色も眼の色も、言語も文化も違う地球上の人が日本に集まって競い合うスポーツを見れるなんて、この先生きている中でもうないのかもしれません。

 

日本の政治家が一部の民意をある意味無視しオリンピック開催したという事実は、今思えば少し経営にも似ている部分が多々ある気がします。

 

絶対に開催するんだという強い意思は、開催する事が目的だったかもしれませんが、湿度の高い夏の日本で選手たちは夢の舞台で全力で挑んだことでしょう。

感動と反省

我々経営者はやり遂げる強い意思を持ち合わせているでしょうか?

部下の活躍に感動しているでしょうか?

嬉しさのあまり涙を流す事があったでしょうか?

 

経営者として、決めた事すら忘れた事、決めた事を安易に変更する事。

部下の活躍を少しは褒めて、日頃から厳しい事ばかり話していた事。

嬉し涙においては、いったいいつ嬉し涙を流しかすら記憶が曖昧。

 

私は何だか反省する事が多いなと、オリンピックを観てふと思いました。

人が人に感動する

感動する瞬間ってのは、全力で挑んで結果が伴っても伴わなくても関係ない気がします。そこに、それに向かって、全力で挑んでいる姿に、全力で挑み続ける姿に、人は人に感動するんでしょうね。物や事に感動する感覚と、人が人に感動する感覚ってどこか違うと思うのです。

 

メダルを目指して頑張る選手は、メダルを取るというひとつの目標に向けて全力だったでしょう。それもそのはずで、この舞台に立つまで、15歳で親元を離れ何年も何年もトレーニングを積み重ねてきた選手もいれば、何度も挫折を繰り返しそれでも立ち上がってこの舞台に立った人。

 

その努力の結晶が見えるからこそ応援もしたくなるし、感動するものですよね。それを目指す人、それをサポートする人、それをコーチする人それぞれの役割があって、メダルを目指す為に周りの沢山の人が存在することも忘れてはいけませんよね。

 

これは仕事でも同じ事が言える気がして、全員がメダルを目指すプレイヤーでは仕事は成り立ちません。そして全員がそのプレイヤーを目指しているとも限りません。元々はプレイヤーだった人が、今はサポートにまわる事だって当然あるはずです。

 

何が何でも目標を達成する為に最前線で頑張る人もいれば、アシスタントや内勤スタッフがいるからこそプレイヤーは最前線で活躍できる事。そして、コーチとして監督として、経営者が社長職を全うする事。

 

全員が自分の役割を、最高の状態で仕事をする事で目標に進むその姿が感動的なのでしょう。

 

50歳にもなって未だにスポーツをやっている私にとって、体育会系とも言われますが、やる時はやる精神は喜怒哀楽があって、感情的な熱量があって、時にオラオラしたりして、ストレスなく何か上手にやろうとするよりも楽しい人生になる気がします。

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